大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11310号 判決 1998年6月12日
原告
中山俊雄
被告
萩原こと萩幹雄
主文
一 被告は、原告に対し、金三七〇一万四四五三円及びこれに対する平成六年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四九八〇万七四五四円及びこれに対する平成六年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(本件事故)
(一) 日時 平成六年五月一九日午後六時〇七分ころ
(二) 場所 大阪市阿倍野区阿倍野三丁目五番一八号先路上
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(なにわ五〇ろ二〇二〇)
(四) 態様 原告は、前記場所の北行路面電車停留所より、同停留所に停車中の北行路面電車の前方横断歩道上を東側歩道に向かって横断歩行していたところ、南行路面電車の軌道敷内を南から北に向かって時速約六〇キロメートル(制限速度時速四〇キロメートル)で走行してきた加害車両に跳ね飛ばされた。
2(責任)
本件事故は、原告が横断歩道上を歩行していたところを、被告が、その保有する加害車両を運転して、車両の通行が禁止されている軌道敷内を猛スピードで、しかも、逆行して走行したことにより発生したものであるから、被告は、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条により、原告の被った損害を賠償すべき責任がある。
なお、加害車両は、軌道敷内通行に及んでおり、かつ、完全に逆行していたものであるから、被告の注意義務違反は極めて重大である。
3(傷害)
原告は、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜下血腫、水頭症という重大な傷害を負い、次のとおり治療を受けた。
(一) 入院
平成六年五月一九日から平成七年三月二三日までの三〇九日間入院
大阪市立大学医学部附属病院及びボバース記念病院
(二) 通院
平成六年一二月二日から平成八年一一月一九日までの七一九日間通院(実通院日数一一七日)
大阪市立大学附属病院
4(後遺障害)
本件事故による原告の傷害は、平成八年一一月一三日、症状固定となったが、原告には、右片麻痺、右半身知覚障害、脳波異常、人格変化等の重大な後遺傷害が残存した。
右後遺障害により、原告は、全く稼働不能の状況に陥っており(平成七年一二月二〇日には、勤務先から、就労不能を理由として解雇された。)、自賠責保険後遺障害等級五級二号と認定された。
5(損害)
(一) 治療費 一一六〇万四五五〇円
(二) 付添看護費 一五四万五〇〇〇円
5000円×309日=154万5000円
原告の妻である中山都由子は、本件事故当時アコヤパール株式会社に勤務しており、約三二〇万円の年収があったが、原告の付添看護のため、平成六年一〇月三一日付をもって、やむなく同社を退職している。
原告夫婦には子どもがないため、原告が本件事故に遭遇していなければ、都由子はその後も継続して同社に勤務していたものであり、したがって、都由子の収入がなくなったこともまた本件事故による損害に当たるものであるが、仮にこの点につき本件事故と相当因果関係が欠けるとしても、右の事情からすれば、右の全額が本件事故による損害であると認められるべきである。
(三) 入院雑費 四〇万一七〇〇円
1300円×309日=40万1700円
(四) 通院交通費 七万六一二〇円
(五) 休業損害 一〇一六万七〇〇五円
原告(昭和二三年三月三日生)は、平成六年五月一九日当時、西岡商事株式会社に勤務し、自動車による商品配送等の業務に従事していたものである。
要休業期間 平成六年五月二〇日から平成八年一一月一三日まで(二年と一七八日)
本件事故前年収 四〇八万六九五七円
(六) 傷害慰謝料 四〇〇万円
入院一〇か月、通院二一か月
(七) 逸失利益 四二三四万七五七七円
症状固定時 満四八歳
408万6957円×0.79×13.116=4234万7577円
(八) 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円
本件事故のため、原告には前記5記載のとおりの重大な後遺障害が残ったが、これとは別に、原告は、本件受傷のために、頭蓋内から腹腔内に至るまでのシャントを挿入しており、右シャントは生涯これを除去できる見込みがないほか、抗痙攣剤の永続的服用が必要とされるなど、極めて重大な負担を強いられている。
以上合計八四一四万一九五二円
6 弁護士費用 四五〇万円
よって、原告は被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法三条による損害賠償の内金請求として、既払金三七二四万五四五六万円を控除した損害賠償額未払残金五一三九万六四九六円のうち、金四九八〇万七四五四円及びこれに対する本件事故の日である平成六年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告が横断歩道上を歩行していたこと、被告がその保有車両で軌道敷内を走行していたことは認め、その余は否認する。
3 同3、4は知らない。
4 同5(一)、(三)、(四)は知らず、その余は否認する。
5 同6は否認する。
三 抗弁
1(過失相殺)
本件事故は、交通整理の行われている横断歩道上の歩行者と直進車の事故であり、歩行者側信号赤で歩行者が横断を開始し、車両側青で車両進入のケースであるから、基本過失割合が歩行者側七、車両側三が原則である。
路面電車の側方通過、車両の軌道敷内通行等の諸事情を重過失として二割の修正を施すとしても原告側の過失は五割を下らない。
2(損益相殺) 三七二四万五四五六円
原告は、本件事故による損害賠償金内金として、被告締結の任意保険から傷害分二一五〇万五四五六円、自賠責保険から後遺障害分一五七四万円の合計三七二四万五四五六円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
車両の通行が禁止されている軌道敷内の南行軌道上を南から北へ向けて逆方向に猛スピードで暴走してくる危険極まりない自動車があることなど、一般人の意識を前提とすればおよそあり得ず、したがって、仮に原告が赤信号で西から東へ横断を開始したとしても、原告には横断歩道直前で停止していた北行路面電車の東側を、右のごとき自動車が南から北へ向けて走行してくることまで予測しなければならない注意義務は全くない。
よって、本件においては、本件事故と因果関係のある原告の注意義務違反すなわち過失はなく(原告が赤色信号表示で横断を開始していたとしても、本件事故が一般人の意識を前提として、その場においてはおよそあり得ない暴走車両によって惹起されたものである以上、赤色信号表示従わなかった行為と本件事故結果との間には、せいぜい条件関係、物理的因果関係があるだけであり、相当因果関係はない。)、過失相殺については、これをするべきではない。
2 同2は認める。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故)は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(責任)
1 被告が加害車両の保有者であることは当事者間に争いがないから、被告には、本件事故につき自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任がある。
2 前記争いのない本件事故の態様(請求原因1(四))によれば、被告には、車両の通行が禁止されている路面電車の軌道敷内の走行、制限速度超過、前方不注視の過失があることは明らかであり、被告には、本件事故につき民法七〇九条による損害賠償責任がある。
三 請求原因3(傷害)
証拠(甲三、四、七の3、4)によれば、原告は、本件事故により脳挫傷、急性硬膜下血腫、水頭症の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けたことが認められる。
1 入院
(一) 大阪市立大学医学部附属病院
平成六年五月一九日から平成六年一一月一四日までの一八〇日間
(二) ボバース記念病院
平成六年一一月一四日から平成七年三月二三日まで一三〇日間
入院期間合計三〇九日間(原告は、平成六年一一月一四日、大阪市立大学医学部附属病院を退院し、ボバース記念病院に入院したものである。)
2 通院
大阪市立大学医学部附属病院
平成六年一二月二日から平成八年一一月一三日まで(実通院日数九七日)
なお、平成八年一一月一四日以降の通院治療は、症状固定(後記認定のとおり平成八年一一月一三日)後の治療となる。
四 請求原因4(後遺障害)
1 証拠(甲四、五)によれば、原告の本件事故による傷害は、平成八年一一月一三日、症状固定し、右片麻痺、右半身知覚障害、脳挫傷による脳波異常・人格の変化の後遺障害が残ったことが認められる。
2 証拠(甲一〇の1)によれば、原告の本件事故による後遺障害について、自賠責保険により、後遺障害等級五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当するとの認定がなされたことが認められる。
五 請求原因5(損害)
1 治療費 一一六〇万四五五〇円
証拠(甲七の2ないし4)によれば、本件事故による原告の治療費は、一一六〇万四五五〇円であることが認められる。
2 付添看護費 六五万円
前記認定の原告の傷害の内容、程度、治療状況、後遺障害の内容、程度に証拠(甲一三ないし一五)を総合すると、ボバース記念病院に入院してからは、原告に対するリハビリ治療を施すためには原告の妻である中山都由子も一緒でなければならないとの条件が付され、右都由子は勤務先であるアコヤパール株式会社を平成六年一〇月三一日退職し、右入院期間である平成六年一一月一四日から平成七年三月二三日まで一三〇日間、原告の付添看護をしたこと及びその必要性があったものと認められる。
付添看護費は、一日当たり五〇〇〇円とするのが相当であるから、付添看護費は、その一三〇日分、六五万円となる。
なお、大阪市立大学医学部附属病院における入院については、医者が付添看護の必要性があるものと判断していたことを認めるに足りる証拠はなく(右についての診断書〔甲三〕には、付添看護を要した期間の欄の記載がない。)、右入院期間中の都由子による付添看護(甲一九)については、本件事故と相当因果関係を認めることができない。
3 入院雑費 四〇万一七〇〇円
原告の本件事故による入院治療に要した期間は、前記認定のとおり三〇九日間であり、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とするのが相当であるから、入院雑費は四〇万一七〇〇円となる。
4 通院交通費 七万六一二〇円
証拠(甲七の2)によれば、本件事故による通院交通費は、七万六一二〇円であることが認められる。
5 休業損害 一〇一六万七〇〇五円
前記認定の原告の傷害の内容、程度、入通院治療状況に証拠(甲六、九の16、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告(昭和二三年三月三日生)は、本件事故当時、西岡商事株式会社に勤務し、本件事故前年である平成五年の給与所得は、四〇八万六九五七円であった。
(二) 原告は、本件事故により、本件事故の日の翌日である平成六年五月二〇日から症状固定日である平成八年一一月一三日まで(二年と一七八日)勤務に就くことができず、この間の給与を得ることができなかった。
(三) よって、原告の休業損害は、次の計算式により、一〇一六万七〇〇五円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。
408万6957円×(2年+178日/365日)≒1016万7005円
6 傷害慰謝料 四〇〇万円
前記認定の原告の入通院状況等からすれば、原告の傷害慰謝料は、四〇〇万円とするのが相当である。
7 逸失利益 四二三四万七五七七円
(一) 症状固定時の年齢 満四八歳
(二) 本件事故前年の年収 四〇八万六九五七円
(三) 就労可能年数 一九年(新ホフマン係数一三・一一六)
(四) 労働能力喪失率 七九パーセント(後遺障害等級五級二号)
であるから、原告の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、四二三四万七五七七円となる。
408万6957円×0.79×13.116≒4234万7577円
8 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円
原告の前記認定の後遺障害の内容、程度によれば、原告の後遺障害慰謝料は、一四〇〇万円とするのが相当である。
9 以上を合計すると、八三二四万六九五二円となる。
六 抗弁1(過失相殺)
証拠(甲一、九の12、14ないし21、一七、一八)によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故現場の状況は、別紙現場見取図(以下位置を示す場合は、同図面による。)記載のとおりであり、片側二車線の道路(大阪和泉泉南線)中央部分に幅五・八メートルの阪堺電気軌道(上町線)路面電車の軌道敷が設置されている。
右道路は、指定最高速度を時速四〇キロメートルと規制されている。
2 被告は、本件事故現場道路を南から北へ進行していたが、<1>地点で進路前方が車両により停滞していたことから、前記軌道敷内を走行することとし、矢印のとおり<2>地点(南行電車の軌道敷上)まで進行し(時速約六〇キロメートル)、前方四〇・四メートルの地点にあるの対面信号が青色表示であることを確認し、<甲>地点に西から東へ横断歩道を渡る横断歩行者一名がいるのを見たが、その後に続く横断歩行者はいないものと考えて、減速措置をとることなくそのままの速度(時速約六〇キロメートル)で軌道敷上を走行した。
3 被告は、<3>地点まで進行し、前方一六・九メートルの<ア>地点に横断歩道を西から東に向かい渡ろうとしている原告を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、<×>地点で加害車両を原告に衝突させた。
4 原告は、勤務先である西岡商事株式会社(大阪府堺市所在)から帰宅のため、阪堺電気軌道(上町線)上り電車に乗り、阿倍野停留所で降車して、自己が降車した電車(<い>)の前から、西から東へ横断しようとし、<×>地点で加害車両と衝突した。
原告が横断しようとした際には、横断歩行者用信号は赤色表示であった。
原告の前に前記電車を降りた乗客には、右信号表示に従い、停留所で信号待ちをしていた者もあった。
5 本件事故時には、<×>地点の北方約一五〇メートルの地点に、加害車両が走行した軌道敷を北から南へ向かってくる電車があった。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
なお、甲第九号証の16及び17(原告の警察官に対する供述調書)中には、原告が横断しようとした際には、横断歩行者用の信号機は青色表示であったと思う旨の記載があるが、甲第九号証の14及び15(電車の運転士である堀尾太一の警察官に対する供述調書)、第一七、一八号証(堀尾太一から原告代理人弁護士が電話聴取した内容を記載した報告書)に照らし、右記載部分は採用できない。
右に認定の事実によれば、本件事故の原因の大半は、車両の通行が禁止されている軌道敷上を(しかも対向進行してくる電車が走行する軌道敷上を)、制限速度を約二〇キロメートル超過して、加害車両を走行させた被告にあるというべきであるが、原告も横断歩行者用信号の赤色表示に従わずに横断しようとしたものであり、この点の過失を無視することはできず(右過失が本件事故と因果関係があることは明らかである。)、前記原告の損害額からその一割五分を過失相殺するのが相当である。
すると、原告の請求しうる損害額は、七〇七五万九九〇九円となる。
七 抗弁2(損益相殺)
原告が本件損害賠償内金として合計三七二四万五四五六円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、前記七〇七五万九九〇九円から三七二四万五四五六円を控除すると、三三五一万四四五三円となる。
八 請求原因6(弁護士費用)
本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、三五〇万円が相当である。
九 よって、原告の本訴請求は、金三七〇一万四四五三円及びこれに対する本件事故の日である平成六年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言について同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉波佳希)
別紙 現場見取図